架鉄往来

国鉄(インチキ)車両図鑑

国鉄(インチキ)列車名鑑「急行富山」 1915年

1913年に北陸本線が全線開通し、運転区間は新宿から富山に延伸した。1915年には、この列車は随分と便利になったようである。同年10月改正でそれまで直通「普通列車」であった「富山」は、正式に快速列車としてスタートした。この時期、国産の新鋭9...
国鉄(インチキ)車両図鑑

国鉄(インチキ)列車名鑑「急行富山」 1906年

中央本線が全線開通した1906年には、早くも「富山」の前身である直通列車が、飯田町-直江津間を走り出した。直江津行き直通列車時代。イラストには区間を書いてあるが、その全区間がこの編成だった訳ではない。途中途中で解結を繰り返し、機関車を交換し...
国鉄(インチキ)車両図鑑

国鉄(インチキ)列車名鑑「急行富山」 序

急行富山号のこと1980年秋。予備校の授業が引けるや、新宿駅へ急いだ。曇天の寒い日で、予報では夜半から雨になるという。急行「富山」最終日。乗る事は叶わなくとも、せめては見送りたいと願わずにはいられなかった。駅に着くとアルプス広場は既にガラン...
架鉄往来

付記・臺頭の例のアレ

「臺頭駅(後に相模大塚駅)」には東神奈川電車区の臺頭支区が存在し、少数ながら癖のある電車が在籍していました。一方同駅には蒸気機関車の機関支区が併設されていて6760や2120が配置されていました。その他に横浜から下って来る8620や茅ケ崎か...
架鉄往来

架空鉄道・国鉄/JR神中線の車両8

社型・木造国電の時代(~1950年代)元々神中線で使用していた目蒲電鉄の中古車は、国鉄買収時に鶴見線へ移動し、代わって南武や青梅、身延などの買収国電と木造国電旧モハ10系が入線しました。イラストの2両目はすっかりお馴染みのロクサン型登場時の...
架鉄往来

架空鉄道・国鉄/JR神中線の車両7

17m級国電の繁栄(1950年代~)この時代、東京郊外を走る電化支線からは社型が姿を消し、替わって63型の大量投入で東京から流れて来た17m級が充当されていました。電車区は線内ローカルとして使用する基本編成と、後に始まる京浜線への直通につい...
架鉄往来

架空鉄道・国鉄・JR神中線の車両6

63型電車の繁栄(1960年代~)終戦後、一旦ロクサン型は神中線から姿を消します。しかしそれも一時の事で1960年代に入り首都圏の国電各線に101系が姿を現わすと、余剰となった73系(旧63系)は地方の電化線区に転属し始めます。神中線も例外...
架鉄往来

架空鉄道・国鉄・JR神中線の車両5

ミナトのハチロクと準急(1960年)神中線の貨物列車は主に横浜機関区の8620や新鶴見機関区のC50、C11が担当していました。後に、これに久里浜のDD12やDD13が加わります。埠頭での入換の為にベルを搭載した洒落男、横浜の8630が出張...
架鉄往来

架空鉄道・国鉄・JR神中線の車両4

103系化と混色編成(1970年代~)神中線から旧型国電が完全に消えたのは1980年の春改正の時だったと記憶しています。103系の投入開始の1974年以来、103系と73系は同居していました。神中線の103系は、大崎と津田沼から派出して来た...
架鉄往来

架空鉄道・国鉄・JR神中線の車両3

165系の成田臨(1992年)1992年の正月。車両だけ見ると中央本線のどこかの駅かと思わせるような顔合わせが、厚木駅で発生しました。1986年限りで中央本線の急行運用を外れ、普通列車用、臨時用に残されていた165系ですが、この時は厚木発の...