架鉄往来

国鉄(インチキ)車両図鑑

国鉄(インチキ)列車名鑑・超豪華列車で行く秋の豪遊・南九州4日間の旅添乗マニュアル

本編はこちらから   年 月 日( )~    年 月 日( )注意事項・添乗員は常にお客様と行動を共にし、楽しい雰囲気造りに努める事。・準備金やクーポン類、備品類の取り扱いには細心の注意を払う事。日次   行 程1    品川駅 === ...
国鉄(インチキ)車両図鑑

国鉄(インチキ)列車名鑑・82系客車「和(なごみ)」

超豪華列車で行く秋の豪遊・南九州4日間の旅添乗マニュアルはこちらから国鉄末期、各鉄道管理局において団体旅行向けイベント列車(後にジョイフルトレインの名が定着した)が花盛りとなった時期があった。82系客車「和(なごみ)」はそれらの頂点に立つお...
国鉄(インチキ)車両図鑑

BR47‐凛烈

ここまでは、BR47の来歴を辿りながら、すれ違った人々をメインに描いて来た。ここでは「その後」のBR47の姿をAI画像で示しながら、このシリーズの纏めとしたい。既述の通り、戦時中からBR47はザールブルッケンに集中的に配置され、周辺の運炭支...
国鉄(インチキ)車両図鑑

BR47‐袖擦り合った人々-舌禍

1917年2月10日。この日、フォッシュ元帥手ずから勲章を授与された彼―ジャン・ポール・ルボー大佐は上機嫌であった。これまでの悔悟と逼塞の生活を払拭し、この上ない名誉を上書きされた事で、自身の存在理由を満天下に顕わせた。これに勝る栄誉は、恐...
国鉄(インチキ)車両図鑑

BR47‐袖擦り合った人々-石炭泥棒

「待てえっ! 止まれ、止まらんと撃つぞ!」「畜生、あのガキ共が、今日と言う今日はただじゃ置かんぞ!」1917年、エクトワールノワイエの軍用操車場。深夜の豪雨を突いて二人のフランス兵の叫び声と呼子が響く。10月に入ってから石炭泥棒が現れるよう...
国鉄(インチキ)車両図鑑

BR47‐袖擦り合った人々-誰も帰って来ない

1916年、ヴィル=アン=サルレー地域では数日前からドイツ軍の攻勢が始まっていた。今この戦域に穴が開いてしまっては、たちどころにパリが危うくなる。補給端末駅にはひっきりなしに列車が到着し、兵士や軍需装備、資材等を降ろして行く。降ろし終わると...
国鉄(インチキ)車両図鑑

BR47‐袖擦り合った人々-帰還兵

1945年8月。白く埃っぽい道と貧弱な線路が寄り添っている。錯雑した地形、荒れた耕地、貧しげな森、そして抜けるような青空。一人の帰還兵が田舎道を歩いて来る。肩章も袖章も無く、略帽の徽章も当然無い。彼の肩に載せられた重しの様な重責によって今の...
国鉄(インチキ)車両図鑑

幸運な機関車「BR47」記録の断片

画像を見ていただこう。頃は1960年代半ば。所は西ドイツ西部、ザールブリュッケンに程近い炭坑町、カールスプラッテ近郊。緩やかに起伏する畑や森や小さな村を縫うようにして延びる線路を、殊更ゆっくりと旅客列車が走って来る。先頭を行く機関車に見覚え...
国鉄(インチキ)車両図鑑

国鉄(インチキ)列車名鑑・「つばめ」「はと」の22系固定編成化

1958年に「走るホテル」の呼び名も誇らしく、九州寝台特急に20系寝台列車がデビューする。それから遅れる事1年、20系客車と同時に設計を開始した昼行特急用客車、22系が登場し、国鉄の看板列車「つばめ」「はと」に充当された。この系列については...
架鉄往来

東丹沢森林鉄道・線路配置の変遷

下の図は東丹沢森林鉄道の存続した全期間の線路配置図である。この全ての線路が同時期に存在した訳ではない。大正初年、中津川水系の電源・水利開発が本格的に始動すると、それまで川狩りによって流送していた宮ケ瀬御料林の木材を鉄道輸送に切り替える事にな...