社型・木造国電の時代(~1950年代)

元々神中線で使用していた目蒲電鉄の中古車は、国鉄買収時に鶴見線へ移動し、代わって南武や青梅、身延などの買収国電と木造国電旧モハ10系が入線しました。
イラストの2両目はすっかりお馴染みのロクサン型登場時の惨めな姿です。モハ63は当初電動機とパンタを装備されない付随車としてお目見得し、仮称サモハ63を名乗っていました。工員輸送を重視されていた神中線では、この「走る決戦兵器」は優先的に割り当てられたに違い有りません。
やがて「聖戦」に勝利した暁には一人前の電車となる予定でしたが、聖戦に勝利するまでもなく、1946年には電装された上、神中線から転出。京浜東北線へ移動して行きました。

その頃相模線では、茅ヶ崎機関区のC11が木造客車や客車代用の有蓋貨車を連ねていました。両線共こぼれんばかりの乗客を乗せて、今にもバラバラになりそうな軋み音を立てながら、どうにかこうにか走っていました。よくぞ大事故が起きなかったものです。
上の図のモハ93は転入後3扉化された旧身延モハ100、クハ5990は元伊那のサロハユニフ100で、神中線転入時に座席ほぼ無しのクハに改造されている。木造では唯一の4扉車。



Comments