文芸の夏

百花繚乱に加うるに

文芸の夏ー28崖下の駅だった。駅のすぐ下は波打ち際で、海の色は何処と無く日本海を思わせた。大した理由も無く列車を降りた私は、次の列車を待つ間ホームをウロウロするしかなかった。そうする内に地元の人々が大勢でネコ車を押して反対側のホームに上がっ...
文芸の夏

伊勢商人から貰う

文芸の夏ー27病院の待合室の前に大きな船形の石があり、私はその上に立っていた。その周りを数十人の伊勢商人が取り巻いて、如才ない口調で私を褒めちぎっていた。曰く爪の根元の白い所が実に吉相ですな、曰くあなたさまのネコの額は却って福相でござります...
文芸の夏

主体性が欠如したままどっかを旅する

文芸の夏ー26バンコクからカンボジア国境へ向かう道を車で走っていた。周囲は一面の水田で、遠くに山が青霞んでいる。この眺めは何処と無く「竜ヶ崎から鹿島へ抜ける道」に似ているな等と思っていると、遠くの山影は間違いなく筑波山だったので、あぁここは...
架鉄往来

東丹沢森林鉄道・線路配置の変遷

下の図は東丹沢森林鉄道の存続した全期間の線路配置図である。この全ての線路が同時期に存在した訳ではない。大正初年、中津川水系の電源・水利開発が本格的に始動すると、それまで川狩りによって流送していた宮ケ瀬御料林の木材を鉄道輸送に切り替える事にな...
架鉄往来

唐沢川林道発掘記

唐沢川線概観。図の右下に大山があり、北の肩西側の運材を担っていたのが唐沢川林道であった。東丹沢一帯の森林鉄道で、戦後かなり遅い時期まで活躍が見られた路線は、別項でご紹介した「塩水川・本谷」両線だけではありませんでした。塩水川線の起点、塩水橋...
架鉄往来

塩水川林道始末記一九七三

2002年頃、日帰りで行って来た木曽赤沢林鉄に感動し、帰宅してすぐに一本の記事に纏めた超速成架鉄。その日の朝には無かったものが、日付が変わる頃にはあった。画像編集ソフトを使用した最初の架鉄でもある。有史以来、中津川~相模川の川流しによって搬...
架鉄往来

架空森林鉄道・東丹沢森林鉄道

かつて表丹沢と呼ばれる中津川水系、そして早戸川水系には、帝室御料林の管理伐採の為、大規模な森林鉄道網が張り巡らされていました。その根幹を成していた中津川森林鉄道は戦前から戦後にかけて大部分が廃止となり道路に転用され、残部の支線群の内幾らかが...
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贋誌百珍

鉄道に関する事も関しない事も、小ネタはこちらに置いておきます。TOPへ・「あのお方」専用車 2026・1・20・キレットに消えた線路 2026・1・23 全4ページ・日本(インチキ)風俗大系・比良弟さま 2026・1・29・日本(インチキ)...
国鉄(インチキ)車両図鑑

国鉄(インチキ)車両図鑑

架鉄往来へ既にライフワークと化しているドット絵の集積場。更にAIを駆使してまでやる事か?・国鉄(インチキ)車両図鑑-形式E50・D53 2026・1・18・国鉄(インチキ)車両図鑑-倶利伽羅峠のあの頃 2026・1・22・国鉄(インチキ)車...
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寂景院・架鉄往来

架空鉄道とは、架空の鉄道ではなく、架空の社会を走る鉄道です。TOPへ・国鉄(インチキ)車両図鑑 2026・1・18~・架空鉄道・国鉄/JR神中線 2026・1・31~ 全9ページ・架空鉄道「ノザキ電鉄」 2026・2・4 全3ページ・神奈川...