国鉄(インチキ)列車名鑑「急行富山」 1981年

国鉄(インチキ)車両図鑑

…これで総てが終わった、かに思われた。

そうでは無かった。最終「富山」が去って一年も経たない1981年夏、臨時ではあったが「新宿発のブルートレイン」は奇跡の復活を果たすのである。

運転区間は新宿-松本とかなり短縮され、名称も「アルプス13・14号」と変ったが、編成は図に見るように豪華であった。それまで10系寝台車に12系座席車で構成された編成は、14系寝台+14系座席にアップグレードされた。

1981年8月、新宿駅汽車ホームにて。ホーム支柱に下げられた灰皿すら懐かしさを覚える

その年高校に入学した私は、夏休みに遂に実乗を果たしている。そして意外の念に打たれた。帰省ラッシュを外したとは言え、8月だと言うのに座席も寝台もガラガラであったのだ。あまつさえ最後尾のスハフに至っては乗客が乗っていない。

JSB時刻表1983年11月号より

思えばその頃と言えば中央自動車道が全通し、新宿から長野県内の各都市への直行バスが走り始めた時期である。また自家用車の急激な普及で中信越のリゾート地へ行くのに列車を使う人がいなくなった所為もあるだろう。長く憧れの対象であった筈の「富山」のスジ、座りにくい14系の簡易リクライニング席に身をもたせ、手にした「信州ワイド周遊券」を見詰めた。


そして1984年3月19日。「富山」は二度目の終焉を迎えた。


再びのお別れをしに新宿駅の汽車ホームに出向いた。そこにはかつての熱気も、山男の合唱も、花束の贈呈も無く、色褪せ、ズタズタに減車された「ブルートレイン」が停車しているだけであった。

やがて定刻。
余りにも寒かった冬の名残を残す冷たい夜空に汽笛を響かせ、「富山」は何事も無かったように発車して行った。


私の作り話はアンハッピーエンドが多い。無くなる物は無くなっても仕方がないと言うスタンスだ。その見せ方の工夫として「上げて落とす」と言う手法がある。

①「富山」は廃止された

②その直後に豪華になって再登場した

③再登場したのに先細って消えた、しかも誰も見送る人はいない

長かった栄光の旅路の果てがこのような零落した姿であったと言う事に、盛者必滅会者定離、仏法の根本を見るような気がするのである。

新宿発の夜行列車、急行「富山」の物語はこれにておしまい。

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