神奈川県軽便鉄道要覧(未成線含む)

架鉄往来

№   鉄 軌 道 名 称          動 力  軌 間  

起   点 終  点   粁 程  種 別   年 月 日      備  考


1  厚木軽便鉄道 → 厚木軌道     馬力・蒸気 762mm

戸 塚 駅戸 沢 渡  18.0  免  許  1906/01/23     
戸 塚 駅用   田  12.5  開  業  1907/04/29     
用   田戸 沢 渡  5.5  開  業  1907/06/05     
中 河 内中 新 田  5.1  免  許  1910/04/10     
戸 塚 駅戸 沢 渡  12.5  動力変更  1911/03/01   馬力→蒸気
中 河 内中 新 田  5.1  失  効  1912/04/01     
戸 塚 駅用   田  12.5  廃  止  1923/10/01   震災被害による
用   田戸 沢 渡  5.5  廃  止  1925/09/28

<表から読み取れるもの>
戸塚から厚木を指向していたのは確かだが、見当違いの戸沢渡が終点となっているのは、建設費用の問題、沿線の村の反対、地形的困難(泥濘)が上げられる。
取り敢えず、渡船接続で戸沢から既存の相央軌道にリンクする腹だったと見える。


2  相模川通船組合 → 相央軌道    馬 力    762mm

平塚八幡宮厚 木 神 社  13.4  免  許  1903/12/12     
平塚八幡宮厚 木 神 社  13.4  開  業  1904/08/01     
聖 人 橋厚 木 神 社  1.5  廃  止  1923/11/01  震災被害による
平塚八幡宮聖 人 橋  11.9  廃  止  1925/02/03

<表から読み取れるもの>
堅調な経営を続けていたものの、「3」の相模軌道運輸との競合で体力を失い、関東大震災でとどめを刺された。


3  鍵和田喜八商会 → 相模軌道運輸  馬力・内燃   762mm

平塚八幡宮伊 勢 原 町  9.1  免  許   1910/10/07     
豊 田 本 郷厚 木 町  14.1  免  許   1910/10/07     
平塚八幡宮豊 田 本 郷  3.1  開  業   1911/01/15     
豊 田 本 郷伊 勢 原 町  6.0  開  業   1911/11/11
豊 田 本 郷厚 木 町  14.1  開  業   1911/11/11
平塚八幡宮伊 勢 原 町  9.1  動力変更   1914/05/23  馬力→内燃併用
豊 田 本 郷厚 木 町  14.1  動力変更   1914/05/23  馬力→内燃併用
戸   田見 附 島  6.4  免  許   1916/10/02
豊 田 本 郷松 田 駅  20.7  免  許   1916/10/02
戸   田見 附 島  6.4  失  効   1919/10/01
豊 田 本 郷松 田 駅  20.7  失  効   1919/10/01
豊 田 本 郷厚 木 町  14.1  廃  止   1927/06/30
平塚八幡宮伊 勢 原 町  9.1  廃  止   1929/11/30

<表から読み取れるもの>
ドタバタ喜劇のように異常な速度で路線を展開、そして異常な速度で凋落して行ったのは、向こう見ずな経営者の性格による所大である。
1919年に失効している戸田-見附島間は、明らかに厚木鉄道の接続を意識したものであろう。


4  湘南馬車軌道 → 湘南軽便鉄道 → 湘南軌道  馬力・蒸気   762mm

二   宮秦   野  9.0  免  許   1905/05/25     
二   宮秦   野  9.0  開  業   1906/08/01     
二   宮秦   野  9.0  動力変更   1913/04/20  馬力→蒸気
台  町※秦   野  1.0  免  許   1923/05/13 ※旧秦野駅を台町に改称
二   宮秦   野  10.0  廃  止   1933/08/31  旅客営業廃止
二   宮秦   野  10.0  休  止   1935/10/09
二   宮秦   野  10.0  廃  止   1937/08/25

<表から読み取れるもの>
1930年代、何度も葉タバコ出荷組合に対して「ウチはフォードのトラックよりも安く運ぶよ」と低頭した時の社長の悲痛な表情。


5  酒匂軌道                    馬  力    762mm

吉 田 島関   本  4.0  免  許   1906/12/03     
吉 田 島関   本  4.0  開  業   1908/11/30     
吉 田 島関   本  4.0  廃  止   1922/03/31

<表から読み取れるもの>
1914年に酒匂川に架かる十文字橋が開通したが、その時点で体力的に松田駅延伸は叶わなかった。その距離は僅か750mだった。


6  豆相人車鉄道 → 熱海鉄道 → 大日本軌道小田原支社 → 熱海軌道組合 

                          人力・蒸気  610mm→762mm

小 田 原熱   海  24.8  免  許   1890/03/01     
吉   浜熱   海  10.4  開  業   1895/04/01     
小 田 原吉   浜  14.4  開  業   1896/09/01     
小 田 原熱   海  24.8  動力変更   1907/05/01  人力→蒸気
小 田 原熱   海  24.8  軌間変更   1907/05/01  610mm→762mm
小 田 原真   鶴  10.5  廃  止   1920/10/30  熱海線開通による
真   鶴熱   海  14.3  休  止   1923/09/01  震災被害による
真   鶴熱   海  14.3  廃  止   1924/03/01

<表から読み取れるもの>
国鉄熱海線開業と関東大震災のダブルパンチで消滅した栄光の軽便鉄道。
震災後、廃止区間の資材を転用して内燃動力による伊東方面への延伸を企てていたと仄聞するが、資料が無いため未記載


7  相武軽便鉄道                  蒸  気  762mm

目   黒中 新 田  45.8  免  許   1900/06/01     
目   黒中 新 田  45.8  失  効   1903/06/01

<表から読み取れるもの>
開業したばかりの目黒駅から厚木を指向する遠大な蒸気軽便計画。厚木街道沿いの諸村が後押しをしたと思われる。発起人に雨宮敬次郎の名が見える事から、かなり本気だったもののようだ。


8  田奈鉄道                    蒸  気   762mm

保土ヶ谷駅田   奈  18.3  免  許   1901/11/01     
保土ヶ谷駅田   奈  18.3  失  効   1904/11/01

<表から読み取れるもの>
これも雨宮敬次郎が噛んでいる。7の相武軽便鉄道の田奈で接続する計画で、地域培養線の支線として起案したと思われるが、両社が無事開業していたらさぞかし壮観だった事だろう。


9  藤津軌道                     馬力・蒸気 762mm

藤 沢 町藤   野  62.5  免  許   1902/11/01     
藤 沢 町藤   野  62.5  動力変更   1904/03/05  馬力→蒸気併用
藤 沢 町藤   野  62.5  失  効   1909/11/01

<表から読み取れるもの>
本気を疑うような大規模な計画だが、代表発起人は沿線の村長だった某氏である。
長大な路線と言い動力変更の件と言い、中々の大風呂敷であったが、監督官庁は重要路線と見做していたのか失効日は通常よりもかなり遅い。


本稿了、2026・2・5

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